Hiển thị các bài đăng có nhãn 中国. Hiển thị tất cả bài đăng
Hiển thị các bài đăng có nhãn 中国. Hiển thị tất cả bài đăng

Thứ Ba, 28 tháng 5, 2013

なぜ大陸の帝国は荒々しい?


遊牧民族の4帝国

ユーラシア大陸中央部の草原の民は、騎馬を得意としていました。

遊牧民は草原が豊かになって、馬の数がふえた時、農耕社会に侵略し略奪しました。
遊牧民は、貧しいからではなく、豊かになり、戦闘能力が整ってから、農耕地帯を一気におそいました。

略奪産業は、濡れ手に粟の楽しい仕事でした。

遊牧民の暴力はすさまじく、皆殺しが原則です。
<※ 梅棹忠夫『文明の生態史観』>

農耕民は、自分たちを守るために、おおいそぎで強固な組織をつくりました。
この組織が国家となりました。

暴力、破壊、皆殺しに対抗する組織ですから、専制的な国家にならざるを得ません。

こうして、中国、インド、イスラム、ロシアは、何度も破壊をこうむり、順調な生育ができませんでした。

近代文明社会を展開できませんでした。
民主主義を育てる余裕はいまもありません。
大陸の古い文明国は、気遣いやさしさとは無縁です。


遊牧民の暴力、戦争がおよばなかった西欧と日本だけが
マイペースで近代文明を育て、高度資本主義社会をつくることができました。


遊牧民族の暴力で、ベトナム、タイ、ミャンマーなどのアセアン(海洋アジア)は、中国から押し出されて、いまの地に居を定めました。

豊かな海洋アジアは、イギリスと日本に豊富なスパイス(医薬)、木綿、陶磁器などを提供し、産業革命(イギリス)、勤勉革命(日本)のもとを提供します。

大陸アジアは「所有」が国の原則ですが、海洋アジアは、「交換」が柱です。
戦争で領土の取り合いなどは原則しません。

日本でも江戸時代、武士は土地を所有しませんでした。

やわらかい海洋アジアは、何でも飲み込みます。
中国やインドやイスラムを、人間ごと、生活様式ごと、どうぞと自分の地域へ飲み込んでいます。

日本も東南アジアと同じです。
中国、インドなどの異文化を飲み込み、咀嚼するのが得意です。

日本や海洋アジアの柔軟性が、これからは世界で求められているようです。

【追】
タイ語、インドネシア語、日本語は、祖先を1にしています。
いまのインドネシア語のようだったタイ語は、中国に長くいるうちに、声調を取り入れ、
中国語のような声調言語になりました。
タイ語、インドネシア語、日本語、ハワイ語はキョーダイ









Thứ Năm, 15 tháng 11, 2012

インドは、中国へ与えたが、もらわなかった

中国の西方の民族は、中国文明に興味を示さなかったようです。

チベット、蒙古は漢字を見下し、取り入れませんでした。

インドも中国には与えこそすれ、影響はされなかったようです。
大きな文明は、人は入れても、システムは入れないようです。
  1. インドは中国に哲学、仏教などを輸出しましたが、中国からは取り入れませんでした。
  2. 三蔵法師、孫悟空などがでてくる西遊記もラーマーヤナ物語の影響を受けてできたものです。
    ハヌマンは孫悟空のモデルといわれます。
    ラーマーヤナ物語のあらすじ
  3. ヨガは中国では、少林寺拳法に発展しました。
  4. インドのスパイス料理は漢方に取り入れられたといわれています。 

Thứ Ba, 23 tháng 10, 2012

邪馬台国は、魏の国際戦略に組み入れられていた。


三国時代の魏(220 - 265)は、呉と蜀を牽制する必要がありました。
中国お得意の遠交近攻の策をとります。

・魏は、邪馬台国と手を結び、呉をハサミ打ちにしようとします。
・魏は、クシャーナ朝(大月氏、イラン系)と組み、蜀をハサミ打ちにしようとします。

魏が王号の金印を紫綬したのは、
    邪馬台国とクシャーナ朝
のみです。
金の印鑑は、破格の扱いを示します。

魏の使いは、3世紀の半ばに、4回も邪馬台国を訪れています。
『三国志』に2000字もあてて、「魏志倭人伝」という章を立て、邪馬台国を紹介しています。
日本をしっかり利用するためです。

海の苦手な魏は、海の呉を攻めるのに、どうしても海に囲まれた邪馬台国が必要でした。
後に、魏は「赤壁の戦い」で呉に敗れます。

邪馬台国(やまたいこく)は、日本が始まったころ、すでに国際潮流の中に投げ込まれていました。

しかし、多民族による支配、蹂躙がないので、平和で自己完結的な社会をいとなんでいました。

◇                    ◆                    ◇

魏は、邪馬台国は呉の向かい側にあると誤解していました。
台湾も邪馬台国に入っていたのでしょうか。
「魏志倭人伝」の謎の「水行十日」を解くカギもここにありそうです。

 <*  海の苦手な中国が台湾を発見したのは、江戸時代に入ってからです。>

実際に邪馬台国が、呉の対岸にあり、呉と戦っていたら、邪馬台国は滅んでいたかもしれません。
「邪馬台国問題」は、「日本の存亡問題」です。
一部の日本史好事家のホビーの問題ではありません。

◇                    ◆                    ◇

日本では対決は、1対1を考えてしまいます。

中国では古来より三スクミは常道です。
外交といえば、多国間外交を指します。

遠交近攻も手なれたものです。
中国の遠交近攻策、「米国と交わり(遠交)、日本を攻める政策(近攻)」は、今に始まったことではありません。

 <*  中国人は、日本の文化歴史を尊重したり、関心をもつことはありません。
中国人の書いた『日本論』はまずありません。>

◇                    ◆                    ◇

「長多根(長期的、多角的、根本的)」「多」からみると、
邪馬台国はすでに魏の国際戦略に組み入れられていました。

従来の邪馬台国ファンは、アジア大陸の戦争要因を視野に入れていませんでした。
古代史のロマンが最大の関心事でした。

実際は、国家存亡の危機でした。

日本史は、常に外から見ることも必要です。
ムカーシも今もそうです。

◇                    ◆                    ◇

邪馬台国(学研)
魏志倭人伝: 全文   魏志倭人伝: 原文口語訳対比   魏志倭人伝(安本美典)

※ 地図: FLand-Ale日本世界地図(フリーソフト)

【cf.】
渡邊義浩『魏志倭人伝の謎を解く - 三国志から見る邪馬台国』 。他。

◇                    ◆                    ◇

【追】

・全世界の中華系人口は、6000万です。
世界のあらゆる国に影響力を行使します。

・アフリカ、南太平洋などの国々にテレビ局をつくり、影響を高めています。
アフリカ人は、日中の領土問題は中国に理があると、マインドコントロールされています。

・中国は、外交、広報が得意です。
有史以来異民族に支配され、ケンカばかりしているからです。