(核心)トインビーをもう一度
不都合な真実に「応戦」を 本社コラムニスト 土谷英夫
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- 2011/4/18付
- 日本経済新聞 朝刊
- 1933文字
英国の歴史家アーノルド・J・トインビーが、着想から40年、大著「歴史の研究」を書き上げたのは半世紀前の1961年だった。壮大な歴史観に、日本でも文明論ブームが起きた。
大震災・原発事故の国難に見舞われた今、トインビーの「挑戦」と「応戦」の理論に学ぶことは多い。
トインビーによれば、文明は逆境で生まれる。自然的環境や人間的環境からの挑戦(チャレンジ)に人々の応戦(レスポンス)が成功したときに興る。例えば「古代エジプト文明」は、気候の変化による砂漠化で生存の危機に直面した人々が、ナイル川沿いの沼沢地を豊かな農地に変えることで生まれた。
このプロセスは、国の盛衰にもあてはまる。
開国を強いられた幕末の日本。欧米列強の圧倒的な軍事力と工業生産力の挑戦を真っ向から受け止めた人たちが、明治維新をなし遂げた。「富国強兵」が応戦の旗印だった。
強兵に傾斜し、無謀な戦争で、多くの人命と国富を失った戦後日本の応戦は、平和的手段での富国の追求だった。四半世紀足らずで焼け野原から、世界第2の経済大国になった。
挑戦と応戦のメカニズムは、70年代の「石油危機」でも機能した。産業界は的確な応戦で、エネルギー原単位(一定量の生産に要するエネルギー量)を大幅に引き下げた。生産は増えてもエネルギー消費は抑える産業構造ができ、日本は真っ先に立ち直った。
85年が分岐点かもしれない。この年、日本は世界一の債権国になり、ドル高修正の「プラザ合意」で円急騰が始まる。作家の堺屋太一氏は「知価革命」を著し工業社会から「知恵の値打ちが支配的になる社会」への移行を唱えた。
そちらに進んでいれば、グーグルやツイッターやフェイスブックは、日本で生まれていたかもしれない。実際に起きたのは“地価革命”だった。やがて泡と消えるバブルだ。
日本はといえば、地価の戻りに期待をつなぎ、不良債権処理という抜本策を先送りし「失われた」年月を重ねた。「不都合な真実」から目を背け、挑戦を正面で受け止めなかった。
トインビーは挫折した文明の共通項に「自己決定能力の喪失」をあげた。状況に振り回され、応戦ができない文明は衰退する。
福島第1原発の事故対応は、もどかしい。大津波は想定外で、全電源を失う事態も想定になかった。ロボット先進国なのに、原発安全神話が邪魔をして原子力災害用ロボットの開発は試作段階でお蔵入りしていた。不都合な真実を無視して的確な応戦はできない。
トインビー流に言えば、大地震・大津波という自然的環境からの挑戦と、原子力エネルギーに依存する人間的環境からの挑戦を同時に受けているのが、いまの日本。間違いなく66年前の「敗戦」以来の逆境だ。
政府の「復興構想会議」が動き出した。多くの人が指摘するように「復旧」ではなく望ましい未来を先取りする青写真を期待する。それには「国のかたち」を変える覚悟がいる。
被災地に限らない。東海地震が「いつ起きてもおかしくない」と言われて久しく東南海、南海地震も遠くない。専門家は3地震連動の可能性もあるという。首都圏直下型地震も予想される。そうした不都合な真実にも向き合える国のかたちを骨太に描いてほしい。
原発は、新設はもとより停止中の炉の再稼働も容易ではない状況だ。「2020年までに1990年比25%の温暖化ガスを削減する」という政府目標の見直しも取りざたされる。原子力の落ち込みを、化石燃料で埋めようとすれば、二酸化炭素(CO2)が増える。
あえて高いハードルを据え置いてはどうか。「石油危機」で見せた応戦力を取り戻すのだ。
「原子力はつなぎのエネルギー」とみる小宮山宏三菱総研理事長(前東京大学総長)は「21世紀の半ば以降を担う自然エネルギーを加速する」よう訴える。
「課題先進国」は小宮山氏の持論だ。高齢社会にしろ、エネルギー制約にしろ、日本が直面する課題は、やがて他の国々が追体験する。日本が最初に課題解決の道を開けば、文明のリード役になれるという。
「窮すればすなわち変じ、変ずればすなわち通ず」という「易経」の一節は、トインビーの文明論の核心をよく言い当てている。明治維新でも、終戦後でも、国のかたちを変える改革を断行した。いま変わらなければ、日本は衰退する。
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