(経営の視点)ヒトこそ最重要資源 非常時、心動かせれば活路
- 2011/5/30付
- 日本経済新聞 朝刊
- 1256文字
震災の傷が癒えない中で電力不足の不安が高まる。企業にとって難問が続く。どうするか。困ったときには基本に返れである。
経営資源はヒト、モノ、カネというが、とどのつまりはヒトである。火事場のバカ力というように、心を奮い立たせれば驚くべきことをなし遂げられる。
日本にもファンが多いドラッカー博士の代表的著作の「マネジメント」に「人こそ最大の資産」(上田惇生訳)とある。
当たり前と言ってしまえばそれまでだが、意外にわかっていない企業が多い。今、経営者が問われているのはヒトという最重要資源を生かせるかどうかだ。
ファスナーで世界トップのYKKの吉田忠裕社長は震災後、取材を受けるたびに「復興策は海外への移転ですか」とよく聞かれる。
YKKグループでは建材メーカーのYKKAPの宮城県内の工場が被災した。ファスナーで世界企業の同社だから、海外移転を加速するだろうとの常識的な読みが取材側にある。
ところが吉田社長は「とんでもない。うちは海外には移しません」と答える。既に生産は復旧しているが「さらに安全面も生産システムも格段に水準の高い工場にします」という。
理由は「東北の人たちに染み込んでいる職人気質や粘り強さ」が貴重だと考えるからだ。「長い間に培った遺伝子というのか、どこの国にもあるわけではない」。海外70の国・地域にグループ会社を展開する吉田社長の見立てである。
段ボールの最大手メーカー、レンゴーの大坪清社長はもともとヒトの心を重視した経営を掲げる。「震災後、その気持ちが一層強くなった」そうだ。
同社の宮城県の仙台工場は津波で完全に破壊された。その10日後には同県内で再建することを決断して用地を手当てし、6月17日に地鎮祭という早業は大坪社長ならではである。
「全く別の地方に移して、工場従業員の愛郷心やいわゆるゲマインシャフト的な共同体意識を損なうわけにはいかない」と判断したのだ。単なる甘い同情心によるものではない。
「労働や資本など個々の要素で測る生産性以外に、すべてをひっくるめて測る全要素生産性がある。これにヒトの心や考え方などが重要な要素として入ると私は確信している」
「前から東北人の気持ちは理解していたが、震災後、工場長と毎日メールでやりとりして、熱い思いを改めて感じた」と言う。
東京電力福島第1原子力発電所から25キロメートルの距離にある子会社の丸三製紙は被災したままだが、「雇用は守る」と明言する。放棄するつもりはなく、現在、独自に再建方法を検討中だ。
やはりヒトが元手とはいえ、カネとは違って扱い方を誤ると不良資産になる。従業員を信じない経営者が士気を台無しにするケースだ。長いデフレ経済を経て3.11の災害である。引き締めは必要でも、締め上げては元も子もない。
「うちにはろくな社員がいないなどと言っている社長は駄目だ」と言うのは、日本電産の永守重信社長である。社員の意欲を高められるか、なえさせるか、トップの経営手腕が今ほど試されているときはない。
(特別編集委員 森一夫)
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